EU医薬品パッケージの新薬開発に与える影響は限定的
2025年7月1日、Pharmaceutical Technologyは、2025年7月4日「EUの医薬品パッケージは欧州の国際競争力の目標に届かない」と題する論説を掲載した。
EU医薬品法改正(EU Pharma Package)は、患者のニーズ、供給の安定、イノベーション促進を目指す内容で、新薬の規制データ保護(RDP)期間については、8年を6年に短縮する方針。目的はジェネリック促進とアクセス向上だが、ジェネリックの国際競争には不十分で、半面、新薬については、投資意欲や人材流出を招き、結局、アクセスもイノベーションも大きく変わらないのでは、との懐疑的意見もでている。
一方、抗菌薬(AMR)については、市場独占権を1年延長できる「譲渡可能なバウチャー制度」を新設(15年で最大10件)することで、安価で開発困難な抗菌薬にとって重要なインセンティブになりうる。希少疾患薬については、10年固定の独占期間を撤廃し、条件に応じて9~13年に可変されるが、AMR薬と比べて魅力度は低いとの指摘もあるとしている。
(参考)
EUにおける医薬品不足緩和のためのニアショアリングの拡大
このパッケージは、欧州域内で頻発する医薬品不足に対応するための取り組みでもある。第一に、企業は供給不足を防ぐための計画を策定し、供給問題が発生した場合には当局に報告する義務を負う。第二に、欧州委員会(EC)は、危機的状況において、承認権者の同意なしにEU全域での医薬品の製造・販売を許可できるとされている。これは、医薬品開発における基本的なインセンティブである独占権を弱体化させる可能性がある。しかしながら、こうした対策が医薬品供給に与える影響は限定的にとどまるとの指摘もある。
結局のところ、医薬品の製造がEU域内に「ニアショアリングnearshoring」されない限り、このパッケージが医薬品不足の抜本的な解決策になるとは考えにくいとする。
Pharmaceutical Technologyの別の記事によれば、欧州の製薬企業やバイオテクノロジー企業は、海外へのアウトソーシングよりも域内での事業展開を優先する傾向、すなわち「ニアショアリング」へと傾きつつある。ただし、ニアショアリングとオフショアリングの選択は、新薬(革新型)かジェネリックかによっても異なる。たとえば、インドなどでの臨床業務のオフショアリングは、迅速かつ低コストであることが主な理由であるが、一方で、臨床の質が十分でない可能性にも注意が必要である。
「ジェネリック医薬品や重要医薬品の多くは、価格競争が非常に激しい旧来の製品であるため、欧州域内へ製造を戻すにはビジネス上の正当性を示すのが難しい」とも考えられている。
それでも、EU医薬品パッケージ、ならびに重要医薬品法およびEUバイオテクノロジー法は、欧州域内でのニアショアリングを後押しし、医薬品の供給脆弱性と外部依存を是正する可能性を持つ。また、CDMO(受託製造開発機関)との契約に関する入札プロセスの改革も、アジア諸国からの製造回帰を進める鍵となり得る。
さらに、バイオ医薬品に限らず、例えば2023年にドイツで成立したALBVVG法は、医薬品メーカーによる価格引き上げを可能とし、ジェネリック医薬品の過度な価格競争を緩和することが期待されている。アジア諸国の安価な労働力と競争するためには、自動化および人工知能(AI)の活用が鍵となり得る。しかし、AIを導入するには、ヨーロッパの製造業全体を大規模に再構築する必要があり、臨床試験分野も同様である。この点から、「AIが欧州競争力強化の切り札になるとは考えにくい」とする見解もある。
注:ALBVVG法(Arzneimittel-Lieferengpassbekämpfungs- und Versorgungsverbesserungsgesetz、直訳すると「医薬品供給不足対策および供給改善法」)は、2023年7月に施行された、ドイツ連邦政府による医薬品供給不足への対応を目的とした法律。
(坂巻コメント:「ニアショアリング」という概念は新鮮。ちなみに国内回帰は「リショアリングreshoring」という。日本のバイオ新薬も、たとえばオプジーボやレケンビのように「国産」と認識されている製品であっても、実際には海外で製造されている。これらがいずれバイオシミラーとして再登場することを見据えると、新薬の段階からニアショアリング(国内製造)を促すことが重要である。また、ジェネリックの原料・原薬についても、コスト競争力を確保しながら、いかに国内回帰させるかというシナリオの構築が必要である。また、記事は、単なる「医薬品不足」ではなく、アクセス確保という観点から議論している。)
ニュースソース
Pharmaceutical Technology: EU’s Pharma Package falls short of Europe’s goal of global competitiveness. (by Frankie Fattorini, July 01 2025)
https://www.pharmaceutical-technology.com/newsletters/eus-pharma-package-falls-short-of-europes-goal-of-global-competitiveness/?_hsenc=p2%E2%80%A6
Pharmaceutical Technology: Are European biopharma manufacturers ‘nearshoring’? (by Frankie Fattorini, March 4, 2025)
https://www.pharmaceutical-technology.com/features/are-european-biopharma-manufacturers-nearshoring/