ICHは、細胞・遺伝子治療に関するガイドラインの改訂を検討

Regulatory Focus、2025年12月15日記事から。ICHは、細胞・遺伝子治療(ATMP)に関するガイドラインを、従来の医薬品とは異なる特性を踏まえた「より個別化された枠組み」へ見直そうとしているとする。

ICHの細胞・遺伝子治療ディスカッショングループ(CGTDG)は、世界で300を超える地域別ATMPガイドラインが存在する現状を分析し、国際的な調和の必要性を強調した。既存のICHガイドライン(品質・安全性・有効性など)を横断的に検証し、ATMP分野の発展に向け優先的に対応すべき論点を整理している。具体的には、ICH Q5E(同等性評価)にATMP向けの附属書を追加することを提案した。

ATMPは複雑性とばらつきが大きく、従来の同等性原則を厳密に当てはめるのが難しいため、リスクベースかつ総合的エビデンスに基づく評価が必要だとされている。また、ICH Q11(出発原材料)についても、ATMP特有の製造・バリデーションに対応する附属書の作成が提案された。さらに、ATMPの非臨床評価に特化した新たなICH安全性ガイドラインの策定も勧告された。そこでは動物種選択、試験期間、評価項目に加え、発がん性、腫瘍形成性、生殖細胞系列への影響などが扱われる予定である。

全体としてICHは、ATMPの特殊性を前提とした国際的に調和した規制体系の構築を目指している。

 

ニュースソース

 

(以下、Google NotebookLMによる要約

 

医薬品規制調和国際会議(ICH)細胞・遺伝子治療ディスカッション・グループ(CGTDG)による提言の概要

エグゼクティブサマリー

本報告書は、医薬品規制調和国際会議(ICH)の細胞・遺伝子治療ディスカッション・グループ(CGTDG)が2023年から2025年にかけて実施した活動の成果と、先端治療薬(ATMP)に関する将来のICHガイドラインについての提言をまとめたものである。

ATMPの開発は世界的に急速に進展しているが、規制の国際的なハーモナイゼーションが追いついていない。その結果、2024年12月時点でICHのメンバーおよびオブザーバーから300を超える地域固有のATMP関連ガイドラインが発行されており、これがグローバルな医薬品開発と規制当局の意思決定における課題となっている。既存のICHガイドラインは、ATMP特有の複雑性や多様性、学際的な性質に必ずしも対応できていない。

この状況を受け、CGTDGはATMP分野におけるハーモナイゼーションのニーズに対応するための戦略的フレームワークを策定した。本グループは、ATMPの特異性を定義する「基本原則」を確立し、これを基盤として、既存のICHガイドラインの適用性を評価し、最もハーモナイゼーションが必要とされる優先分野を特定した。

主な提言(戦略的ロードマップ):

CGTDGは、以下の主要トピックに対処するため、新規ガイドラインの策定、既存ガイドラインへの附属文書(Annex)の追加、または研修資材の提供を提言する。

  1. 比較可能性(Comparability): ICH Q5Eへの附属文書追加(承認済み)。
  2. 長期追跡調査(Long-Term Follow-Up, LTFU): 新規ICH Eガイドラインの策定。
  3. ATMPの開発と製造: ICH Q11への附属文書追加。
  4. ATMPの非臨床的考慮事項: 新規ICH Sガイドラインの策定。
  5. 初期臨床試験に関する考慮事項: ICH E8への附属文書追加。
  6. ウイルス安全性: ICH Q5A(R2)への細胞ベースATMPに関する附属文書追加。
  7. 分析法バリデーション: 事例研究を含む研修資材の作成。

これらの提言は、ATMPが従来のバイオテクノロジー製品とは異なるという認識に基づいている。特に、製品の複雑性とばらつき、出発原料の特異性、製造プロセスと臨床的影響の密接な関連性、非臨床モデルの限界、そして長期的な安全性・有効性の評価の必要性などが、新たな規制アプローチを必要とする要因である。本報告書は、これらの課題に対応し、革新的な治療法のグローバルな開発を促進するための道筋を示すものである。

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1. 背景:先端治療薬(ATMP)における国際的ハーモナイゼーションの必要性

先端治療薬(ATMP)は、細胞治療製品、遺伝子治療製品などを含み、これまで治療法が限られていた、あるいは存在しなかった疾患に対し、根本的な治療を提供する画期的な医薬品である。この分野は世界的に急速な発展を遂げ、新しい治療モダリティが次々と登場している。

この急速な発展に伴い、各地域の規制当局は独自のATMP関連ガイドラインを策定してきた。2024年12月にCGTDGが実施した調査では、ICHのメンバーおよびオブザーバーから300を超えるATMP固有のガイドラインが草案または最終版として発行されていることが判明した。このように地域固有のガイドラインが増加していることは、グローバルな規制と開発アプローチのハーモナイゼーションの緊急な必要性を浮き彫りにしている。

現在、ATMPに特化した最終化済みのICHガイドラインは「ICH S12:遺伝子治療製品の非臨床における生体内分布の考慮事項」のみであるが、ゲノムインテグレーションやオフターゲット編集の評価方法は対象外となっている。他のいくつかのICHガイドライン(ICH Q5A(R2)など)でATMPに言及はあるものの、そのライフサイクル全体を網羅する国際的な指針は存在しない。このハーモナイゼーションの欠如が、グローバルな医薬品開発と規制上の意思決定における大きな障壁となっている。

2. ICH細胞・遺伝子治療ディスカッション・グループ(CGTDG)の役割と活動範囲

2023年8月、ICH管理委員会(MC)は、ATMP分野におけるICHのハーモナイゼーション活動に関する技術的な議論の場として、細胞・遺伝子治療ディスカッション・グループ(CGTDG)の設立を承認した。

CGTDGの主な目的:

  • ATMPという新たな分野における将来のハーモナイゼーションのニーズに対応するための戦略的フレームワークを策定すること。
  • 品質、非臨床、臨床の各分野にわたり、ATMP分野の技術的進歩に対応するためのICHの活動を導く提言をICH MCに行うこと。

活動範囲: CGTDGは、科学的な複雑性と多様なモダリティを考慮し、科学的・規制的専門知識が比較的成熟している治療モダリティに焦点を当てた。具体的には以下の2種類である。

  • Ex vivo遺伝子改変細胞製品: CAR-T細胞製品など(自家および同種を含む)。
  • In vivoウイルスベクター遺伝子治療製品: AAVベクター製品など。

CGTDGは、規制当局と産業界が共同で優先順位付けを行い、最もハーモナイゼーションの必要性が高い分野を特定し、既存のICHガイダンスの適用性を包括的に評価した上で、後述する戦略的ロードマップを作成した。

3. 戦略的ロードマップ:優先課題と具体的提言

CGTDGは、ATMP開発における主要な課題を特定し、それらに対処するための具体的なアプローチを優先順位付けした戦略的ロードマップとして提言した。このロードマップは、新規ガイドラインの策定、既存ガイドラインへの附属文書の追加、または研修資材の作成という形で構成される。

優先トピック提言内容と考慮事項
比較可能性<br>(承認済み)提言:ICH Q5Eへの附属文書「製造工程の変更を受ける先端治療薬(ATMP)の比較可能性」の追加。<br>ICH Q5Eの原則は、複雑でばらつきの大きいATMPに厳密に適用することが困難である。不確実性を管理するため、エビデンスの全体性を用いた、より広範なリスクベースのアプローチが必要とされる。
長期追跡調査(LTFU)提言:ATMPの長期追跡調査に関する新規ICH Eガイドラインの策定。<br>・臨床開発中および承認後のモニタリング要件。<br>・追跡期間や方法に影響を与える要因(製品特性、患者背景、疾患の性質、遅発性有害事象のリスク)。<br>・モニタリング項目(遅発性有害事象、持続的な治療効果、QOL、意図しないゲノム変化等)。<br>・患者への負担を考慮し、バランスの取れたアプローチを推奨。<br>・体系的なデータ収集・管理手法(患者レジストリや電子カルテの活用)。
ATMPの開発と製造提言:ICH Q11への附属文書の追加(特に管理戦略と原材料の品質要件のハーモナイゼーション)。<br>・管理戦略: ATMP固有のばらつき(特に自家細胞製品)を考慮したリスクベースのアプローチ。規格外(OOS)バッチの管理に関する助言。<br>・出発原料および原材料: 材料の定義と規制要件を整理・統合し、地域差を解消。ヒト・動物由来原料の品質・安全性要件を詳述。<br>・プロセス開発とバリデーション: 標準的なアプローチが困難な場合の代替アプローチ(プラットフォームアプローチ等)を提案。
ATMPの非臨床的考慮事項提言:ATMPの非臨床評価に関する新規ICH Sガイドラインの策定。<br>・動物種の選択: 生物学的妥当性の決定、代替モデル(in vitro/in silico)の使用、3Rの原則の組み込み。<br>・試験期間と評価項目: ATMPの薬理作用や生体内分布に基づいた適切な試験期間・評価項目の決定。<br>・インテグレーション: 挿入変異誘発のリスク評価、遺伝子編集のオンターゲット/オフターゲット効果の特性評価。<br>・がん原性・造腫瘍性試験: 試験の必要性を判断する要因と適切な試験デザイン。<br>・生殖細胞系列への伝達: 生殖腺への分布評価を超えた、潜在的な生殖細胞系列インテグレーションの評価。<br>・発生・生殖発生毒性(DART)試験: 試験の必要性とタイミングに関するガイダンス。<br>・リスクベースのアプローチ: 類似製品からの先行知識の活用。
初期臨床試験に関する考慮事項提言:ICH E8への附属文書の追加。<br>・非臨床所見から臨床応用への橋渡し。<br>・単回投与を考慮した試験デザイン(長期の安全性・有効性評価)。<br>・遺伝的背景や疾患の不均一性を考慮した患者選択。<br>・用量選択と先行知識の活用。<br>・ATMPに特有の免疫原性に関する考慮事項。<br>・小児集団特有の考慮事項(高用量レジメンの必要性、安全性のモニタリング)。
ウイルス安全性提言:ICH Q5A(R2)への細胞ベースATMPに関する附属文書の追加。<br>細胞ベース製品はウイルス除去技術が確立されていないため、Q5A(R2)の改訂範囲外であった。出発原料・原材料の管理と無菌製造プロセスによるウイルス安全性の確保について取り扱う。
分析法バリデーション提言:ATMPに用いられる非定型的な分析法に関する事例研究を含む研修資材の作成。<br>ICH Q2およびQ14が基本となるが、非定型的な分析法についてはさらなる具体例が有効である。

注記:新規ICH Sガイドライン(非臨床)は、ICH E8附属文書(初期臨床試験)に関する作業開始に先立って着手されるべきである。

4. ATMPの特異性:基本原則の概要

CGTDGは、ATMPが従来の医薬品と根本的に異なる点を「基本原則」として整理した。これらの原則は、前述の戦略的ロードマップの必要性の根拠となるものである。

4.1. 学際的な考慮事項

ATMPでは、品質、非臨床、臨床の各分野が密接に関連し合っている。

  • 製造と臨床の連携: 自家細胞製品の製造から投与までの所要時間(turnaround time)は患者の治療を待たせるため、最小化が求められ、製造拠点の分散化につながる。
  • 免疫原性: 自家製品は免疫拒絶が少ないが、同種製品では拒絶反応(GvHDなど)を回避する戦略が必要。
  • トレーサビリティ: 特に自家製品では、ドナーとレシピエント間の完全な追跡可能性(Chain of Custody)が極めて重要。
  • 短い有効期間: 保存がきかない製品では、投与前に全ての出荷試験を完了できない場合があり、迅速微生物試験法などの代替アプローチが必要となる。
  • 規格外(OOS)バッチの取り扱い: 個別化医療製品(自家CAR-T細胞製品など)では、製造失敗が患者の治療機会喪失に直結するため、リスク・ベネフィット評価に基づき、規格外バッチの投与が検討されることがある。

4.2. 品質に関する考慮事項

  • 製品の複雑性とばらつき: ATMPは従来のバイオ製品より複雑で、品質特性が十分に理解されていないことが多い。特に細胞ベース製品は、出発原料(患者由来細胞など)のばらつきが最終製品のばらつきに直結する。
  • 製品量の限界: 製造量が少ないため、分析法開発、特性評価、安定性試験、比較可能性評価など、開発のあらゆる側面に制約が生じる。
  • 原料の品質: ヒト由来の出発原料や原材料(ヒト血漿など)を使用することが多く、感染性因子の伝播リスクを伴う。ドナー適格性の基準は地域によって異なり、サプライチェーンの分断化を招く可能性がある。
  • 分析法の限界: ATMPの品質管理には、新規または非定型的な分析法が用いられることが多い。特に、臨床効果を反映する信頼性の高い生物活性測定法(potency assay)の開発は大きな課題である。
  • 標準品の欠如: 公的な標準品が利用できないことが多く、自家標準物質の作成が必要となる。
  • 安定性評価の課題: 細胞製品などでは、加速安定性試験が分解経路を予測する上で有用でない場合がある。凍結保存製品では、解凍後の生存率や生物活性の確認が重要となる。
  • 比較可能性評価の困難さ: 製品の複雑さ、ばらつき、特性評価の限界から、製造工程変更時の比較可能性の実証は困難を伴う。

4.3. 非臨床に関する考慮事項

  • 動物モデルの限界: 動物とヒトとの種差(生体内分布、免疫原性など)により、薬理・毒性評価結果の臨床への外挿が困難な場合が多い。適切な動物モデルが存在しないこともある。
  • 特有のリスク: 遺伝子コンポーネントを持つため、意図しないゲノム変化(挿入変異誘発、オフターゲット編集)のリスクがあり、これは発がんにつながる可能性がある。
  • 薬物動態: 細胞ベース製品では、従来の薬物動態(PK)の代わりに「細胞動態(Cellular Kinetics, CK)」という概念が用いられる。

4.4. 臨床に関する考慮事項

  • 臨床試験デザイン: 従来の第I相、II相、III相といった段階的な開発ではなく、「探索的」「検証的」なアプローチが取られることが多い。希少疾患が対象となることが多く、標準的なランダム化比較試験が困難で、単群試験が検討される場合がある。
  • 用量設定の複雑さ: 適切な動物モデルが不足しているため、初回ヒト投与試験(FIH)の用量設定には大きな不確実性が伴う。単回投与が多いことから、全ての用量で便益が見込まれる必要がある。
  • 遅発性有害事象とLTFU: 腫瘍形成などの有害事象が遅れて発現するリスクがあるため、長期追跡調査(LTFU)が不可欠となる。これは患者、医療制度、産業界にとって大きな負担となりうる。
  • 複雑な患者ジャーニー: 治療にはリンパ球除去療法や免疫抑制剤などの前処置や併用療法が必要な場合が多く、投与経路も侵襲的な手技を伴うことがある。

5. 結論と今後の展望

ATMPは、かつて治療不可能とされた疾患に希望をもたらす革新的な医薬品であるが、その開発と規制は既存の枠組みでは対応しきれない独自の課題を抱えている。製品の多様性、製造プロセスの複雑性、そして関連技術の急速な進化が、規制ガイダンスの策定を困難にしている。

CGTDGは、ATMPに特有の課題を「基本原則」として体系化し、それに基づき、既存のICHガイドラインでは不十分な領域を特定した。その結果として策定された「戦略的ロードマップ」は、新規ガイドラインの策定、既存ガイドラインへの附属文書の追加、研修資材の提供といった具体的な提言を優先順位とともに示している。

この提言は、科学的ガイダンスそのものではなく、将来の国際的にハーモナイズされたガイドライン策定の基盤となるものである。これらの活動を通じて、ATMPのグローバルな開発を促進し、規制の予測可能性を高め、最終的には革新的な治療法を必要とする患者へより迅速に届けることを目指すものである。

2025年12月16日
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