ISPOR機関誌 Value in Health 2025年9月号記事。現在、米国で行われている薬価引き下げや “最恵国待遇most-favored nation “の議論では、欧州における国際参照価格設定の経験が十分に考慮されていない。欧州における国際参照価格は、高所得国に固定された価格収束をもたらし、価格水準を引き下げることなく、多くの国々でアクセス遅れやアクセスができなかったりしている。米国人のために薬価を下げることは重要だが、より経済的に持続可能な政策は、米国人の支払い意思に合致した、臨床上の利益と金銭的価値の比較を行う医療技術評価を実施することであるとする。
(坂巻コメント:医療技術評価の学会誌なので、費用対効果が重要という結論はありきたりであるが、国際参照価格制度のもたらした帰結の分析は重要。)以下、要約。
米国の状況
- アメリカは特許期間中のブランド薬の価格が世界で最も高い。
- 国際比較で米国の薬価は他国より平均178%高く、ブランド薬では322%高い。
- メディケア薬価交渉後も依然として米国外より高い水準にある。
- トランプ政権は「最恵国待遇(most-favored nation:MFN)」方式で薬価を他の先進国並みに引き下げる方針を示し、180日以内に進展がなければ規制導入を検討。対象は後発品・バイオシミラーがないブランド薬。
国際参照価格制度(International reference pricing :IRP)とEUの経験
- EUでは1995年の欧州医薬品庁(EMA)設立後、薬価の参照制度と並行輸入が進み、価格は収束。
- ただし、低所得国では薬が高額でアクセスが悪化。
- 実際には「機密の値引き契約(リベート、成果連動、価格ボリューム契約)」が普及。
- 新薬の市場投入は遅れがちで、交渉完了まで平均578日かかる。
- 高所得国(ドイツ、フランスなど)が基準価格を形成し、他国はその影響を受ける。
米国でのMFN実施の課題
- 実施の形態(対象薬の範囲、参照価格の種類、導入時期)によって影響が変わる。
- メディケア交渉枠組みには国際価格参照は認められていないため、デモ事業など別の仕組みで実施する可能性。
- 米国が「基準国」となり、世界の薬価形成に大きな影響を与える恐れ。
- 企業は米国収益を守るため、他国での薬の販売停止や撤退も検討する可能性。
想定される影響
- 米国とEUの価格動向は乖離する可能性(米国は値上げ、EUは値下げ傾向)。
- 企業は収益減を補うため米国で高いローンチ価格を設定する可能性。
- 結果として革新的医薬品の投資や市場参入が減少する恐れ。
代替案
- 米国独自の価値評価機関(HTA)を設置し、臨床的有効性や費用対効果を評価することが望ましい。
- ICERのような比較効果や実臨床データを活用し、価格交渉を強化する。
- 州のメディケイドなどでは特定薬に絞った契約が進んでおり、これを拡大する方が持続可能。
結論
- トランプ政権は薬価を他国並みに下げる方針だが、国際価格参照は副作用が大きく、イノベーション投資を阻害する可能性が高い。
- 米国には自国の価値基準に基づいた価格評価制度の整備が必要である。
ニュースソース
Jens Grueger(CHOICE Institute, School of Pharmacy, University of Washington, Seattle, WA), et al. : Referencing Drug Prices of Other Countries May Not Sustainably Lower Prices in the United States: Lessons From Europe.
Value in Health, Volume 28, Issue 9, 1305 – 1308.
https://www.valueinhealthjournal.com/article/S1098-3015(25)02422-2/fulltext