New England Journal of Medicine (NEJM)、2025年8月30日公開論文。以下、記事の要約。
2025年に一時的な関税縮小の合意があったものの、米中の地政学的摩擦は依然として続き、医薬品の越境取引に脅威を与えている。中国は従来から後発医薬品や原薬の大規模供給国であったが、近年は新薬開発でも存在感を増し、米欧中心だった分野に進出している。この変化は、世界的な医薬品アクセスに新たな影響を与え、米国の規制当局や政策立案者に課題を突き付けている。
中国で世界初承認となった新薬は2018年の9件から2024年には45件に増加し、そのうち40件は中国メーカー製であった。2019年以降、10件以上の中国製新薬が米欧でも承認されている。例えば、Fruquintinib(大腸がん治療薬)やEfbemalenograstim alfa(抗がん剤治療による好中球減少症治療薬)が中国で先行承認された後、FDAやEMAで承認を取得している。
中国製医薬品には、既存治療より優れた効果を示すものも多い。例として、Zanubrutinib(BTK阻害薬)は米欧でも承認され、慢性リンパ性白血病においてIbrutinibより有効かつ安全とされた。さらに、Ivonescimab(PD-1/VEGF二重標的抗体)は肺がん治療でPembrolizumabを上回る成績を示し、北米・欧州でも試験が進行中である。
こうした急成長は、研究開発投資の拡大(2020年:2.4兆元→2024年:3.6兆元(約72兆円))、国際的なパートナーシップ、規制改革によって支えられている。2015年以降、臨床試験申請の審査期間短縮(2018年に60営業日、2024年には一部都市で30営業日)や条件付き承認制度の導入(2017年)など、迅速な承認制度も整備された。
一方、米国規制当局は中国製品に対して慎重姿勢をとっている。2022年には、肺がん治療薬Sintilimabの申請が、中国のみで実施された臨床試験の汎用性不足を理由に却下された。その他にも、データ完全性やGMP違反が問題視された事例がある。また政策面では、2024年に議会で「BIOSECURE法案」が審議され、中国企業との契約や助成金交付を禁止する動きがあった。成立はしなかったが、同年トランプ政権は製薬関税を検討し、国内製造回帰を促そうとした。
こうした摩擦の一方で、中国の存在感拡大は米欧患者に新薬アクセスの機会を提供している。米中双方が協力すれば、有望な中国製薬品へのアクセス拡大が可能になると指摘されている。論文では、米中の以下の対応が重要と指摘している。
- 国際規制基準の遵守:中国企業は国際的な規制基準、特にデータの完全性・追跡可能性に関する基準を遵守する必要がある。中国政府も国際協調に向けた取り組みを進めており、中国国家薬品監督管理局(National Medical Products Administration:NMPA(China Food and Drug Administration:CFDAを2018年改組))は2017年に国際医薬品規制調和会議(ICH)に加盟、2021年には医薬品査察協力計画(PIC/S)への加盟申請を行った。さらにリスクベースの査察強化などを通じて相互信頼の構築が期待される。
- FDAとNMPAの規制協力: FDAとNMPAの協力強化が承認の迅速化に寄与する。FDAは国際的に承認プロセスを加速するために2019年に “Project Orbis” を開始しており、これに中国が参加すれば、がん患者の約47%(現在の22%から大幅に拡大)をカバーする国際的審査ネットワークとなる。
- 貿易の安定確保:米国政府は中国との貿易安定を優先するべきである。医薬品への関税導入はサプライチェーンの混乱、医療費の増加、米国患者のアクセス制限を招く恐れがある。安定した貿易環境は、患者利益だけでなく、世界的な供給網のレジリエンス強化にも資する。
- 米中協力による医薬品アクセス拡大:中国の急速な医薬品開発力の向上は、世界的な新薬アクセスを広げる好機である。米国は自国のバイオ医薬品研究投資を継続するとともに、規制協力などを通じて中国と連携し、新薬の早期普及を図るべきである。現政権下では協力が進みにくいが、長期的には不可欠な課題である。
ニュースソース
Kerstin N. Vokinger (Department of Health Sciences and Technology, Eidgenössische Technische Hochschule (ETH) Zürich), et al. : The Rise of Drug Innovation in China — Implications for Patient Access in the United States and Globally.
N Engl J Med 2025;393:839-841, DOI: 10.1056/NEJMp2505821, VOL. 393 NO. 9(有料閲覧)