New England Journal of Medicine (NEJM) 、2025年8月30日公開記事。以下は長めの要約。
アメリカの医療は、基本的な人間のニーズを満たすにもかかわらず、民間企業が市場でサービスを提供している点で特異である。そのため「医療の企業化(corporatization)」は、消防や警察を民営化するようなものだと批判されることが多い。企業は利益や効率を重視するが、従来の医療機関は専門職や慈善的な使命を基盤としてきたため、両者には緊張関係がある。
批判は根強いものの、完全に「専門職中心」の医療に戻るのは非現実的である。
企業化は、患者が「より安く、より質の高い医療」を求めるとき、大規模組織がスケールメリットを活かしてそれを実現する手段として生まれる。投資家から資金を得ることで医療機関は新技術や設備、研究、人材確保を可能にし、代わりに投資家は利益を求める。投資が実を結ばなければ資金は他に回される。
投資家と医療機関にとっては合意のある取引でも、患者や保険者にとって本当に利益があるかは別問題である。自動車や旅行などの通常の市場と異なり、医療では「利益=価値」にならないことが多い。理由は以下の通りである。
- 患者は医療の質を正しく判断しにくく、質を落としても需要が減らないことがある。
- 企業が市場支配力を高める目的で動き、価格を引き上げることがある。
- 命を救う医薬品や先端治療など、社会的価値は高くても採算が合わない医療が多い。
これらの原則を以下の3事例で検討する。
- 体外受精(IVF)
大規模資本の参入で成功率や効率が改善し、患者が成果(妊娠率)を直接評価できるため、利益と価値が一致しやすい好例。 - 介護施設(ナーシングホーム)
投資ファンドに買収されると重症患者を避けたり、ケアの質が低下し、死亡率が上がる傾向がある。利用者は弱者で質も測りにくいため、利益追求が質の低下に直結しやすい。 - バイオ医薬品産業
巨額の研究開発資金を必要とするため、投資家なしには成り立たない分野。ただし利益重視の圧力により、がんなど高収益分野に偏り、マラリアのように利益が低い領域は放置されやすい。
代替案として以下が示されている。
- 政府資金:融資や税制優遇などがあるが、政治的変動や官僚的制約のため安定性に欠ける。
- 非営利モデル:寄付や税制優遇を活用でき、社会的使命を担いやすい。ただし高額なイノベーション分野では十分な資金を確保できず、財政難や指導者交代で使命が弱まることもある。
企業化には利益と患者価値の乖離というリスクが常に伴う。対応策としては、
- 医療の質を正確に測定・公開し、患者が良質な医療機関を選べるようにする。
- 規制当局が独占防止や価格規制を強化する。
しかし、医療の特殊性から市場原理で完全に整合させることは不可能である。したがって分野ごとに「企業化という取引が本当に社会にとって有益か」を慎重に判断する必要がある。
ニュースソース
Amitabh Chandra (Harvard University, Cambridge, MA), et al. : The Corporatization Deal — Health Care, Investors, and the Profit Priority.
New England Journal of Medicine, Published August 30, 2025 DOI: 10.1056/NEJMp2505258 (有料記事)