現代医学の創薬は、単一の標的を検証し、それに作用する分子を開発するという明確なパラダイムに基づいて発展してきた。抗体を含む従来の治療薬は、基本的に一つの標的に対して機能してきたが、近年は二重特異性抗体や抗体薬物複合体(ADC)など、多標的に作用する複雑な分子が登場している。この動向は他の分子クラスにも広がりつつあり、次世代創薬の鍵は「多機能性(multifunctionality)」であると考えられる。
多機能性とは、異なる機能をもつ分子を統合した構造やアセンブリを指し、同一クラス内でも異なるクラス間でも成立しうる。これにより、複数標的を同時に作用させる新たな治療手段が可能となる。実例として、ADC、CRISPR-Cas、PROTACs、二重・三重特異性抗体、さらにはナノ粒子を利用したmRNAワクチンが挙げられる。多機能薬は、疾患に関わる多経路を同時に調節し得るため、治療効果の向上や副作用の低減につながる。また、既存薬の再利用や従来「創薬不可能」とされた疾患領域への挑戦も可能にする。
一方で課題も存在する。標的の組合せに対する妥当性検証の新基準、分子構造の精密設計、複雑な規制対応などが求められる。特に、複合分子の評価を個別成分ごとに行うのか、それとも統合体として簡略化できるのかは今後の大きな論点である。
この潮流を象徴する例として、致死性遺伝疾患の乳児に対してCRISPR-Casアデニン塩基編集を用いた個別化治療が半年で実現した事例がある。核酸による標的誘導、酵素による編集、LNPによる送達という多層的機能を統合した治療であり、これが超高速開発を可能にした。
総じて、多機能性は創薬の概念を単一標的から複合的アプローチへと転換させ、より効果的で柔軟かつ疾患生物学の複雑さに適合した新世代治療薬の登場を後押ししている。
ニュースソース
STAT: The future of medicine lies in multifunctional therapies.
By Sasha Ebrahimi and Milan Mrksich
(EbrahimiはGSKの科学リーダー。Mrksichはノースウェスタン大学のHenry Wade Rogers教授で、多機能治療薬創製のためのMegaMolecule技術を開発している)
https://www.statnews.com/2025/08/25/multifunctional-therapies-drug-development-future-of-medicine/?utm_campaign=the_readout&utm_medium=email&_hsenc=p2ANqtz–9GDRihJpGUP3n24AZ4QJ5RMFfebgI3SukkW09a__sPox9uXyRtQFzQ1mPSDnUKzRWzWb411hZRPmFm26a4TzTt70VIw95643HOv3VSiwx1-m3qwg&_hsmi=377393894&utm_content=377393894&utm_source=hs_email(サブスクリプション)