JAMAへの寄稿。一般論としても、輸入関税には問題が多いものの、医薬品関税については、産業振興の観点からメリットがありうるとする。以下は論文の要約。
トランプ大統領は歳入増加と先端製造業の国内回帰を促すため、輸入関税の導入を発表した。全輸入品に一律10%の関税を課し、特定国や産業には追加課税を行う計画である。医薬品はその対象として注目され、対象国からの輸入額は2,000億ドルに達し、関税による流通コスト増は460億ドルと見積もられている。
関税は国内生産者のコスト増、消費需要の減退、同盟関係や環境政策が損なわれ、報復措置を招くなど多くの弊害があるとされ、経済学者の間でも不人気な政策である。しかし、米国が先端産業を他国に失ってきた歴史を踏まえると、産業政策の一環として関税の役割を再考する価値がある。
国は医薬品有効成分(API)やジェネリック医薬品をほぼ全面的に海外に依存しており、特にスペシャリティ医薬品の輸入にも脆弱である。このため、関税政策は産業政策の一部として、国内製品への課税や財政赤字拡大の代替策として検討する必要がある。現政権は輸入関税を包括的戦略に組み込まず、得られる歳入をイノベーションに再投資する方針もない。関税は最良の政策ではないが、米中対立の現実においては「三番目に良い選択肢」として米国ライフサイエンス分野活性化の一要素となり得る。
医薬品製造の海外移転は低賃金労働を求めるためではない。高度な機器操作には熟練労働者が必要で、製造は高度に自動化されている。背景には、製造拠点を誘致する各国の産業政策や税制優遇がある。特に中国は投資税控除、研究機関支援、科学・技術・工学・数学(science, technology, engineering, and mathematics :STEM)教育、製品開発補助、信用保証、ベンチャー投資、輸出奨励、関税などを総合的に活用している。(この点は重要で、日本が弱い産業政策)。
製造業はイノベーションに不可欠であり、製造拠点の喪失は国内のイノベーション基盤を弱体化させる。先端製造は生産性・品質向上をもたらし、次世代製品の研究開発を促進する好循環を生む。
医薬品産業は原薬(API)、ジェネリック、スペシャリティ医薬品の3分野(サブセクター)に分けられ、それぞれ関税の影響が異なる。APIやジェネリックは価格競争が激しく、関税をかけても米国内生産は採算が取れないため、輸入継続が予想される。結果として国内回帰は進まず、関税分は最終的に公的保険や民間保険、ひいては納税者・保険加入者に転嫁される。一方、革新的なスペシャリティ医薬品分野は米国が依然として世界的優位にある。欧州や日本は研究開発で後れを取ったが製造能力は保持しており、関税の可能性に反応して米国・欧州大手は米国内での数十億ドル規模の投資を表明している。ただし、発表と実行には乖離がある可能性がある。(日本の記述は、実情を理解していない内容。)
関税は輸入品への課税であり、その影響は歳入の使途に依存する。理論的には歳入を製薬イノベーション支援に活用できる。例えばジェネリック医薬品への課税でジェネリック研究を資金援助する提案もある。ジェネリックの適応拡大はコスト効率的なイノベーション手法だが、低価格・低利益率ゆえ阻害されている。仮に関税収入がイノベーション支援に充てられなくても、関税による経済的ゆがみが国内課税や歳出削減、赤字拡大による影響を上回るとは限らない。批判者は代替策としての税制や歳出案をあまり提示しない。医薬品関税は単独では悪策だが、代替案を考慮すれば再評価の余地がある。
中程度かつ予測可能な形で関税を課すなら、先端産業を国際競争で支える産業政策の一部となり得る。理想的な戦略には、民間R&D税額控除の拡充、起業支援、規制緩和、FDA監督体制の効率化、STEM教育・技能訓練の強化が含まれる。現政権の関税は過剰かつ不安定だが、高度な医薬品製造拠点を国内回帰させる誘因にはなる。イノベーションと国内製造は相互に不可欠である。
(坂巻コメント:ジェネリック開発の米国内回帰は困難としつつ、ジェネリックのイノベーションについても言及していて、幅広い視野からの考察といえる。タイトルに「かすかな(Faint)」を入れているのも良心か?)
ニュースソース
James C. Robinson(School of Public Health, University of California, Berkeley): In (Faint) Praise of Pharmaceutical Import Tariffs.
JAMA. Published online August 11, 2025. doi:10.1001/jama.2025.12207(オープンアクセス)