JAMA、2025年5月23日公開論文。
2017年のハリケーンMariaによってプエルトリコのインフラは壊滅し、米国本土の医療現場にも深刻な物資不足が波及した。プエルトリコは米国向け医薬品の8%(金額ベース)を製造しており、特に30種の重要医薬品のうち14種は同島でしか製造されていなかった。
その後、2023年のハリケーンHeleneでは、Baxter社のノースカロライナ工場が冠水し、米国内の静脈投与( intravenous:IV)輸液の約60%が一夜にして供給不能となった。特に輸液のような不可欠な物資は代替が効かず、米国中の医療機関で緊急手術や透析の中止が発生した。ハリケーンに関連する医薬品不足の構造的原因分析とそれに対する政府、医療現場の対応をもとに提言。以下は要約。
なお、「医薬品不足防止・緩和法」については、ジェネリック医薬品の産業強化も含まれており、注目してきた法案。
(参考:米国「医薬品不足防止・緩和法」概要 2024年8月12日掲載)
■ 供給不足の慢性化と背景要因
- 輸液(IV fluids)やジェネリック無菌注射薬(generic sterile injectables:GSI)の慢性的な不足が続いており、2007年以降、毎年100件以上の新たな薬剤不足が発生。2023年末時点での不足薬剤数は270品目にのぼる。
- GSIは利益率が低く、製造投資が回収しにくいことから、製薬企業が市場から撤退する傾向がある。実際、70%のGSIは3年以内に黒字化していないと 保健福祉省(Department of Health and Human Services:HHS)が報告。
- 無菌注射薬の製造は高度な品質管理が求められ、設備投資・工程管理が難しい。誤差許容範囲が小さいことも投資をためらわせる要因である。
- 医療機関側も、バンドル契約(セット販売契約のような形態)やジャストインタイム(JIT)方式に依存しており、備蓄が困難な構造がある。特に輸液はかさばり、保管・運搬も困難である。
■ 政策的対応の停滞
- ブルッキングス研究所や米国病院薬剤師会(American Society of Health-System Pharmacists:ASHP)は、低金利融資や設備投資補助、緊急備蓄の強化などの政策提言を行ってきたが、連邦議会の動きは鈍い。
- 2024年には「医薬品不足防止・緩和法(仮称)(Drug Shortage Prevention and Mitigation Act)」が提案されたが、バイデン政権末期の提出で廃案となった。
- 2020年のコロナウイルス支援・救済・経済保障( Coronavirus Aid, Relief, and Economic Security:CARES)法によってメーカーに供給情報の提出が義務付けられたが、2023年時点で多数の企業が未提出であり、FDAの監視強化にはつながっていない。
- 戦略備蓄制度(Strategic National Stockpile)の運営責任機関である戦略的準備および対応管理局(Administration for Strategic Preparedness and Response:ASPR)が、CDCへの統合の中で機能不全に陥る懸念も指摘されている。
- FDAや連邦緊急事態管理庁(Federal Emergency Management Agency:FEMA)、Medicaidへの予算削減も医療危機対応体制の弱体化を招いており、医薬品関税の見直しも今後の供給コスト上昇につながる可能性が高い。
■ 医療現場での対応と創意工夫
- 著者らの病院では、ハリケーンHelene後の輸液不足に対し、経口補水の活用や必要量の見直しにより、輸液使用量を60%削減。副作用はごく軽微で、透析が必要となる例はなかった。
- 今もこの新プロトコルを維持し、輸液の過剰使用を控えている。
■ 結論と提言
自然災害や構造的要因により、医療物資不足は慢性化しつつあり、すでに「当たり前のこと」として受け入れられつつある。しかし、これは本来避けられるべき事態であり、政府による持続的かつ戦略的な備えと投資が急務である。
「災害はこれからも起き続ける。だからこそ、なぜ社会として十分な備えをしないのか、問わねばならない」と著者は語る。
ニュースソース
Eli Cahan(Freelance Journalist and Resident, Department of Pediatrics, Boston Children’s Hospital, Boston, Massachusetts):IV Fluid Shortages Persist Months After Hurricane Helene Hit a Supplier—Hospitals Have Had to Adapt.
JAMA. Published online May 23, 2025. doi:10.1001/jama.2025.0075(オープンアクセス)