Health Affairs Forefront、2025年5月12日論文。
2022年制定のインフレ抑制法(Inflation Reduction Act:IRA)は、メディケアにおける「処方薬価格交渉プログラム(Drug Price Negotiation Program:DPNP)」を導入し、その対象となる「単一供給源薬(qualifying single source drug:QSSD)」の定義を米国メディケア・メディケイド・サービスセンター(Centers for Medicare & Medicaid Services:CMS)が独自に広く解釈している。
CMSは、同一の有効成分(小分子薬ではactive moiety:生理活性や薬理活性を担う主要な活性構造、生物製剤では成分 active ingredient)を持つ製品について、たとえ別個の新薬承認申請(New Drug Application:NDA)や生物製剤承認申請(Biologics License Application:BLA)でFDAの承認を受けたものであっても、同一の薬とみなしている。このため、市場投入からの年数が法定要件に満たない薬剤であっても、DPNPの対象となる可能性がある。
FDAは薬剤を個別のNDAやBLAに基づいて承認しており、それぞれの申請には異なる用法・用量、患者集団、剤形に基づく臨床データが含まれる。一方で、CMSの定義はこうした区別を無視しており、例えば異なる疾患に用いられる異なる剤形の薬剤も、同一の成分であれば一括して一つのQSSDとして扱う。
論文では、重度の尋常性乾癬に対するrisankizumab-rzaa(SKYRIZI®、アッヴィ)および腫瘍の成長と血管新生に関与する複数の受容体チロシンキナーゼ(RTK)を標的とする低分子阻害薬cabozantinib(COMETRIQ®/CABOMETYX®)を事例検討した。
その結果、企業がFDAに対して複数の申請を行っているにもかかわらず、CMSの定義によって価格交渉の対象とされる可能性があることが示されている。これにより、企業は新たな適応症や剤形改良の研究開発を行っても、それが価格交渉によって短期間で価格引下げに直面するリスクがあり、投資回収の見込みが薄れる。このため、研究開発意欲が削がれ、結果として患者に対する新たな治療選択肢の提供が妨げられるおそれがある。
FDAは、各製品に応じて個別の承認申請や補足申請を求める姿勢をとっているが、CMSの定義はこのプロセスと整合せず、HHS(保健福祉省)内の主要2機関間で薬剤定義が不一致となっている。このことは、製薬企業にとって制度上の混乱と不確実性をもたらし、長期的には医薬品のアクセスと安全性のバランスを損なう可能性がある。
論文では、今後の対応として、FDAとCMSの合同作業部会の設置、議会によるGAO(政府説明責任局)による影響評価、さらにQSSDの法的定義とFDA規制との整合性の確保を提言している。薬剤の「安全性」と「アクセス」の政策起源が異なる歴史的背景を踏まえ、両者の調整を図る必要があるとしている。
ニュースソース
- Joseph Mattingly II(Department of Pharmacotherapy at the University of Utah College of Pharmacy): In Price Negotiations, Medicare Should Reassess How It Determines A ‘Qualifying Single Source Drug’.
Health Affairs Forefront. May 12, 2025 10.1377/forefront.20250506.32012