2025年5月15日Sciences記事。以下は記事の要約。
2025年1月、ドナルド・トランプ前大統領は2つの大統領令(14151号および14173号)に署名し、連邦政府機関における多様性・公平性・包括性(diversity, equity, and inclusion:DEI)関連活動および連邦契約業者・下請業者に課されていた差別禁止要件の撤廃を図った。これらは、大学における人種に基づくアファーマティブ・アクションを違憲とした最高裁判決(Students for Fair Admissions v. Harvard)を背景としている。
筆者は、形式上の能力主義(Meritocracies)では、構造的な障壁(社会規範、差別、ネットワークの偏り、経済的不平等など)により、真の能力ある人材が適切な職に就けておらず、経済成長にとって非効率であると主張する。DEIはこうした障壁を是正し、才能の最適配置を実現するための取り組みであり、米国では公民権法(Title VI, VII)に基づく合法的な施策である。1979年の最高裁判決(Steelworkers v. Weber)でも、雇用市場の構造的不平等を是正するアファーマティブ・アクションは合法とされている。
しかし、トランプ政権はDEIを「差別的かつ反能力主義的」と主張しており、その姿勢はすでに企業行動に影響を与えている。IBMやBank of Americaなどの大手企業は、DEI施策を縮小または撤廃しており、その理由は新政権への配慮、法的リスク回避、あるいはDEI不要論にあると考えられる。ただし、多くの研究では大企業の採用過程に人種差別が存在することが示されており、DEI撤廃は米国経済の生産性や国際競争力を損なう可能性が高い。
経済学者Hsiehらの研究では、1960年から2010年の米国の1人当たりGDP成長の最大40%が、女性および黒人の労働市場における制度的障壁の緩和に起因することが示された。Chiplunkarらの国際比較研究でも、女性の労働力参加が経済成長に寄与していることが確認されている。これらの知見は、構造的障壁の是正が経済的便益をもたらすことを示している。
また、イノベーションと経済成長には人材の多様性が重要である。女性やマイノリティは特許取得者において著しく過少であり、このような人材の過小活用はイノベーションの阻害要因となっている。もし、USDAのWAMS(女性・マイノリティのSTEM分野支援)やNIHの多様性奨学金などが廃止されれば、イノベーションと成長にさらなる悪影響を及ぼすことが予測される。
機械学習関連職も懸念分野であり、女性の参入率は著しく低く、利用率も低い。これは、ジェンダーに中立でないアルゴリズムや、安全性への配慮不足といった要因によるものと考えられ、これもまた人材のミスマッチを示している。
以上のような証拠を踏まえ、筆者は次の3点を提言する:
- DEI施策の実証的評価:すべてのDEIが有効とは限らないため、実際に才能配置を改善するか否かの評価が必要である。
- 構造的障壁を補正した真の能力主義的採用:経済的不平等やバイアスなどの要因を考慮し、公平で検証可能な採用プロセスを導入すべきである。
- 社会的支持の認識と長期的視点:多数の米国民はDEIを支持しており、短期的な政治的利益を追うことで長期的な経済効率を損なうべきではない。
最後に、筆者は「候補者の業績を経済的・社会的な同類集団内で評価し、それをもとに最終評価する」という方法が、構造的優位を排した公平な評価につながると提案する。
ニュースソース
Rohini Pande:On the economic costs of ending DEI.
Science 15 May 2025, Vol 388, Issue 6748 DOI: 10.1126/science.adx9673