2025年4月11日公開、JAMAメディカルニュース。JAMAの主任シニア・スタッフ・ライターによる論説記事。以下は要約。
1997年のFDA近代化法において、米国保健福祉省(HHS)長官は国立衛生研究所(NIH)および製薬業界と協議し、臨床試験における女性やマイノリティの参加促進に関する指針を策定するよう義務づけられた。しかし、2025年に入り、FDAおよびNIHのウェブサイトから関連情報や文書が突如として削除された。これらの削除は、トランプ前政権下で発出された多様性・公平性・包括性(DEI)に反対する大統領令に起因するとみられている。
こうした措置により、歴史的に臨床試験から排除されてきた人々(女性、高齢者、有色人種、LGBTQ、低所得層など)を対象とする研究が中止される、あるいは研究者自身が資金打ち切りを恐れて発言を控えるなどの影響が顕在化している。製薬企業においても、DEIを避けるため「多様性」ではなく「代表性(representative)」という表現を用いるようになり、対応に苦慮している。
臨床試験の代表性は、科学的信頼性、公平性、そして有効性の観点から極めて重要である。疾病や薬剤の効果は、性別、人種、年齢、体格、遺伝的背景などによって大きく異なることが多く、試験結果を一般集団に外挿するには、多様な被験者のデータが不可欠である。
過去の事例として、抗凝固薬ワルファリンは1954年に白人男性を主としたデータに基づき承認されたが、後年、黒人や中国系の人々において遺伝的要因による有害事象のリスクが高いことが判明した。また、喘息治療薬β作動薬においても、黒人やプエルトリコ人に対する有効性の違いが臨床試験における低参加率のために見逃されていた。
さらに、妊娠可能な女性を臨床試験から排除するFDAの1977年の勧告により、女性に対する薬剤の影響についての情報が長年欠如した。これらの教訓から、1993年のNIH改革法では「女性およびマイノリティの参加」が全てのNIH研究において義務化された。
科学的観点のみならず、倫理的にも臨床試験のリスクは社会全体で共有されるべきであり、特定の集団にのみ試験の恩恵または危険が偏在することは不公平である。また、臨床試験が唯一の治療手段である患者も存在するため、機会の平等性も問われる。
しかしながら、現行の政治的状況においてFDA職員でさえ自由に発言できず、情報公開や方針実行の形骸化が進んでいるとの懸念が広がっている。
FDAの内部ガイダンスの多くは政治的圧力のもとで執行力を失いつつあり、現在では多くの重要なDEI関連ページが削除されたままとなっている。中には裁判所の仮処分命令により一時的に復元された文書もあるが、依然として情報の欠如が続いている。
新たに任命されたFDAコミッショナー、マーティン・マカリー氏の姿勢も注目されており、議会では臨床試験の多様性に関する質問に対し慎重あるいは曖昧な返答に終始した。
欧州系の主要製薬企業(ロシュ、ノバルティス、GSK)も米国の大統領令に準拠する(おもねる)形で、企業内のDEI施策から「多様性」や「公平性」の語句を削除する動きがみられる。これに対し、専門家らは臨床試験の質と一般性を損なうものと強く懸念を表明している。多様な人材と対象者を含むことは、科学的に意義があるだけでなく、倫理的にも正当であり、結果としてすべての患者にとってより良い医療を実現する手段であるとされる。
このように、現在の動向は、臨床試験における代表性のある参加者確保という科学的原則と公共の利益に対して、大きな逆風となっている。
ニュースソース
Rita Rubin(Lead Senior Staff Writer, Medical News & Perspectives, JAMA):How Dismantling DEI Efforts Could Make Clinical Trials Less Representative.
JAMA. 2025;333(18):1566-1569. doi:10.1001/jama.2025.4022